何を言えば届くのだろうか。
土日は混むの分かってるから行かないだけで、何かの都合の具合によれば、
もしかしたら、あの日、あの時、あの場所にいたかもしれない。
「自分のせいだ」「自分が悪い」とひねくれて自責する加害者の言葉の裏に、
どうしても他力本願な部分を感じてしまって、どうにもやりきれません。
何故、他人は自分の不遇に同情してはくれないのだ、と。
負け組であることが、何故いけないのか。
そもそも、その勝ち負けは、何を基準に誰が決めたことなのか。
そんなあやふやな世間の価値観を鵜呑みにして、自分の思考を停止させて、
自分を不幸だと思い込み、それを人のせいにする。
感情的に考えれば考えるほど、腹が立ってきます。
冷静になっても、加害者の心情に「ああ、そうだよね」と
同意できる部分が見つかりません。
最近、そういう事件が増えてきたなと思うだけです。
加害者が、自分の仕出かした事件の重大さに気付くことが出来るのか。
気付いたところで今更かもしれませんが、だけど気付いてくれなくちゃ、
それこそ誰も救われない。
亡くなられた方々のご冥福と、
現在も治療中の方々の一刻も早い回復を、
心よりお祈り申し上げます。

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何を言えば届くのでしょう
「自分のせい」だと本当に思うのなら、自分で自立した考えを持って人生に臨んだはずですよね。
親が悪いとか、彼女がいればよかったとか。
なんだよ、それ・・・ですわ。
自分以外のすべての人が幸せ、なわけ、ないじゃん。
あんたよりきつい人生でも、考えながら生きている人がたくさんいるのに。
そんな当たり前のメッセージも、届かないのでしょうかね。
世間には、同じようなこと考えてる若者がたくさんいるという危惧が、
私の中で大きくなっています。
私も伝わるかどうかわからないけれど、
少しでもその思いを言葉にしていけたらいいな、と思っているところです。
2008-06-14(Sat) 00:37 | URL | 幸 #GsReAQyQ[ 編集]